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黄金しょうがの歴史

生姜の話 黄金しょうがに辿り着くまで

会長 坂田波雄

私共と生姜との出会いは、昭和25年頃と記憶しています。
まだ終戦の影が色濃く残り、世の中が騒然としている時代でした。
食糧事情はもちろん大変悪く、香辛料である生姜の栽培などは思いもよらないことでした。

ある日、高知青果市場の仲買人さんより「市場で生姜がなく、市内の料亭では大変困っているので生姜を作ってくれないか」とのことで、その言葉が生姜に関わった始まりでした。

まさか、生姜を生業とは私達親子は思ってもみませんでしたが、それからが試行錯誤の連続で、ようやく市場で通用する生姜を栽培することができ始めました。

その間3年の月日が経ち、長い苦しい3年間でした。
ご承知のように生姜の需要期は6月から8月頃ですが、収穫期は11月です。そこで、今度は「貯蔵」という問題が出てきた訳です。

まず、畑の隅に深さ1.5mで1辺5m程度の穴を掘り、その穴に収穫したばかりの新鮮な生姜を埋め、その上に土を約30cm被せ、さらにワラやモミガラを置いて生姜を越冬させてみました。

その後6ヶ月が過ぎ、4月の植え付けの時期が来て生姜を取り出すことになり、腐っていないかどうだろうかと不安と期待で恐る恐る掘り出してみると、何と白い芽が少し出た表皮が飴色に輝く立派な生姜が現れました。

その感激は、本当にその生姜を右手に持ち上げ、万歳と声を出して喜びを全身で表したことでした。

そのような年が数年経ち、ある年大寒気が高知の上空に押し寄せ、積雪が確か25cm位と新聞が報じた事がありました。私共にも生まれて以来あのように雪が積もった年は記憶にありません。
その雪解け水が生姜の穴に入り、貯蔵していた生姜が全滅という予期しない大痛手を受けました。

暖かい年は良いですが寒い年ではお手上げです。次は絶対に安心して貯蔵できるよう、山にトンネルを掘りそこへ貯蔵する方法へ切り替えました。

トンネルを掘るのは大変な作業です。
建設機械会社から機械を借りて、9月末から10月末までの一ヶ月で収穫時期までに完成させるべく兄弟で東の空が白む位まで掘り続けたことでした。

まだ体力的に無理の利く時期で、振り返ってみますと我ながらよくやったものだと懐かしい気持ちです。

昭和29年頃には値段的にも気候にも恵まれ、近郊農家よりの買入で生姜取扱い業者として小規模ながらも皆さんのお陰で市場に向け出荷ができるまでになっていました。
問題のない時期も永く続くものではなく、またしても次の大問題が襲ってきました。それは大干ばつです。

昭和31年のこと、西日本一円に渡り、7月1日から8月20日頃まで一滴の雨も降らず、九州では潅水すべく田に井戸を掘っていて事故を起して何人かが亡くなったことを新聞・ラジオで伝えていました。生姜も例外なく葉が赤く枯れ最後は茎の根本が熱で煮え、バタバタと倒れていくのを見て、食事も喉を通らず食欲もない毎日でした。

何とかせねばと考えた挙句水道を引きましたが、日中に潅水すると水が湯になって大変です。従って気温の下がる夜間に水を掛けることにせねばなりません。

その年は努力が実り何とか前年度の対比で70%位の出来でした。
その経験から少しは生姜と話が出来るような気がしだしました。

その後、生姜出荷業にはどうしても冷蔵庫での貯蔵の必要性が出てきました。

今でこそ冷蔵庫貯蔵は簡単ですが、どんな場合でも最初に開発する者の宿命で、これもまた大変な失敗を繰り返しようやく温度管理ができるようになりました。冷蔵庫保管によりハードな労働から開放され、本当に嬉しく従業員と喜び合いました。

それから数年平穏な年が続きましたが、昭和56〜57年頃から「野菜のバイオテクノロジー」という言葉を耳にするようになりました。私共には縁のない事のように思っていましたところ、自動車修理業をしていた私の弟が「生姜をバイオで栽培してみてはどうか、お客さんでバイオの先生がいるが」と話を持ってきました。

私は一笑して、生姜がどうしてバイオでできるのか、根物はできるはずがないと思っていました。すると弟曰く「俺がやってやる」と暇を見ては先生の所に通い、私に逐次報告です。私も自分の事でもないのに熱心な弟に心打たれ、その気になり自動車屋の弟と兄弟3人で5年の歳月をかけ、ついにバイオ生姜が完成しました。

以後改良を重ねて「黄金の里生姜」ができた訳です。
この「黄金の里生姜」を益々育て、消費者の皆様に満足していただける商品にまで作り上げる所存です。
どうか今後ともご支援の程よろしくお願い申し上げ、生姜の話と致します。